ヨジローの書斎

『兄弟殺し』

兄弟殺し

フランツ・カフカ
(ヨジロー訳, 2018/08/31)

 殺人は以下のような経過をたどったことが立証されている。

 殺人犯シュマールは、月がこうこうと照っている夜の9時ごろ、その通りの一角にやってきた。被害者のヴェーゼが、会社のある小道を出て自分の住居がある小道に曲がることになっている場所である。

 背筋が震えそうな冷たい夜気。しかしシュマールは青い薄い服一枚しか着ていなかった。その上、服のボタンは留められていなかった。彼は寒さをまったく感じなかった。なにしろ絶えず動き続けていたのだ。殺人の凶器はなかば銃剣、なかば包丁のようなものだが、彼はそれを隠しもせず、ずっと堅く握りしめていた。ナイフを月明かりに照らして見つめていた。刃がきらめいた。それだけでは物足りなかった。シュマールは敷石のレンガを切りつけた。火花が散った。ひょっとしたら後悔したかもしれない。ナイフの傷を修復するために、彼はバイオリンの弓のようにブーツの底でこすった。片足で立ち、前屈みになりながらも、ナイフがブーツにすれる音に、また同時に運命の脇道の方に耳をすませていた。

 なぜ年金生活者パラスはこういったことすべてをただじっと見ていたのか。彼は近くの建物の三階の住居の窓からすべてを観察していた。人間の心はなんと計りがたいことか! 襟を立て、たっぷりとした体に巻きつけたガウンのベルトをしめ、首を振りながら、彼は下を見ていた。

 そして彼の斜め向かいの五つ先の建物では、ヴェーゼ夫人がネグリジェの上にキツネの毛皮をまとって、いつになく帰りの遅い夫を今か今かと待っていた。

 ついにヴェーゼの会社のドアベルが、ドアベルにしては大きすぎる音で、町じゅうに響き渡り、天へと昇っていく。そしてしっかりと夜勤を務めたヴェーゼが、この小道からはまだ見えないのでベルの音でわかるだけだが、建物から出てくる。すぐに舗石が彼の静かな歩みを数え始める。

 パラスはぐっと身を乗り出す。何も見逃がさないぞ。ヴェーゼ夫人は、ドアベルの音に安心して、窓をかガチャッと閉める。だがシュマールはひざまずく。今肌が出ているのは顔と手だけなので、彼はそれを舗石に押しつける。すべてが凍りつくところで、シュマールは燃えている。

 ちょうど二つの小道の境となっているところでヴェーゼは立ち止まる。向こうの小道にステッキをつき、身を支える。気分にひたる。夜空が彼を惹きつけたのだ。濃い青色のものと金色のものが。何も知らず彼はそれを見上げる。何も知らず帽子を持ち上げ髪をなおす。あそこの上には、目前に迫った彼の未来を知らせようと動くものは何もない。すべてのものがその持ち場にとどまっており、意味も持たず、推し量ることもできない。ヴェーゼがさらに歩を進めるのは、それ自体としてはまったくもって理にかなったことだ。だが、彼はシュマールのナイフに飛び込んでいくのだ。

 「ヴェーゼ!」とシュマールは叫ぶ。つま先で立ち、腕を伸ばし、ナイフを鋭く構えて。「ヴェーゼ! ユーリアは待ちぼうけを食うぜ!」そして首の右側と首の左側、三度目は腹に深々とナイフを突き刺す。野ネズミが切り裂かれるとき、ヴェーゼみたいな呻きを発するものさ。

 「やったぞ」とシュマールは言い、もういらなくなった血まみれのナイフを近くの家の正面にぶつける。「殺人は悦びだ! 人の血が流れると心が安らぐ、翼が生える! ヴェーゼ、老いぼれた夜の影よ、友よ、飲み仲間よ、おまえは通りの暗い底にしみ込んでいくのだ。どうしておまえはただの血の袋じゃないんだ? それなら俺が上に座ればおまえは完全に消えてしまったんだが。何もかも思うとおりになるわけじゃない。すべての花が開花するわけじゃない。重いおまえの残骸がここに横たわり、もう踏んでも蹴っても動かない。そんなありさまで俺に何か聞きたいことでもあるのか?」

 パラスは、あらゆる毒を体の中でごちゃまぜにしてあえぎながら、自分の住居のある建物の玄関ドアを左右に開いて立っている。「シュマール! シュマール! 何もかも見たぞ。見逃したものは何もない。」パラスとシュマールは互いに相手を探り合う。パラスは満足するが、シュマールはいつまでもやめない。

 ヴェーゼ夫人が左右にたくさんの人を引き連れ、恐怖のためにすっかりやつれた顔をして、急ぎやって来る。毛皮が開き、彼女はヴェーゼの上に身を投げる。ネグリジェを着た体が彼に覆い被さる。夫婦の上を墓の芝のように覆いつくす毛皮が人々の目に映る。

 シュマールは口を警官の肩に押しつけ、最後の吐き気をなんとかのみ込む。警官は足取り軽く彼を引っ立てていく。